約 1,304,837 件
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/689.html
前へ 朝、僕は高校へ向かう。 いつもの通学路を歩いてこのバス停にやってきた。いつも通りに。 そして今日はここで立ち止まり、ずっと待ち続ける。そう、彼女が来るまでずっと。 こうやってここで待つのは久しぶりのことになる。 熊井ちゃんの言葉に勇気付けられて再びここにやってきたのだが、僕は平常心ではいられなかった。 次々とやってくる学園の生徒さんたちを眺めていると、緊張感が高まってきた。 そのうちきっと舞ちゃんたちがやって来る。あのとき以来、初めて舞ちゃんに会うことになるんだ。 舞ちゃんは僕を見て、どういう反応をするんだろう。 それを思うと、この場に立っているのはさすがに怖かった。 これでもし舞ちゃんに顔を背けられたりでもしたら、今度こそ僕はもう立ち直れない。 今、僕の心の支えはあの時に聞いたあの言葉。 (嫌われてないと思うよ。間違いないから!) そうだ、大丈夫だ。 熊井ちゃんがそう言ってくれたんだから。 満開だった桜も、今はすでに散り始めている。 その舞い散る花びらの中、歩いてくる2人が見えた。 来た! 舞ちゃんだ。 舞ちゃんがお嬢様と連れ立って歩いてきた。 桜吹雪の中を歩いてくる舞ちゃん。その光景に僕は棒立ちになって見とれてしまった。 美しい・ ・ ・ 美しすぎる。 僕はこの美しく印象的な情景を、これからずっと忘れないだろう。 一度はあきらめかけた舞ちゃんのことを再び見ることができた瞬間として大切に記憶の中へとどめておきたい。 舞ちゃんの姿を再び見ることが出来たことで、思わず気持ちが高ぶってしまった。 もう自分の視界にはこの光景以外のものは入ってこなくなる。心臓の鼓動が早くなるのが分かった。 舞ちゃんに会うのはもちろんあれ以来だが、お嬢様にお会いするのも本当久しぶりのことになる。 お嬢様が先に、僕に気付いてくれた。 お嬢様、高等部に進級されたんですね。おめでとうございます。 その高等部の青い制服もお嬢様とてもよくお似合いですよ。 僕に気づいたお嬢様は、ちょっと驚いた表情になった後、パァッと笑顔を見せてくれた。 あぁ、勇気を出して会おうと思って良かった。 その三日月のような瞳の笑顔を見れただけで、もう十分です。 そして、お嬢様が舞ちゃんのことを突っつく。 舞ちゃんは、それからようやく僕のことを見てくれた。 舞ちゃんが、そのかわいらしいお顔を僕に向けてくれた。 その顔は、やっぱり無表情だったけれど、それでも僕と目を合わせてくれたんだ! 僕にとってこんなに嬉しいことはなかった。 心の中の閊えが完全に取れたような、爽やかな気分が胸一杯に広がって目の前が明るくなる。 露骨に嫌な表情をされるのではないかと、僕はずっとその恐怖心と戦っていたのだ。 考えるたび何度も挫けそうになったりしたけれど、今その全てが心の中から消え去った。 僕はまだこの通学路を歩くことが出来そうだ。 僕にとって舞ちゃんは絶対無二の存在なんだ。 舞ちゃんに告白したこと、あれはやっぱりあれで良かったんだ。 僕の本当の気持ちを舞ちゃんに知ってもらえたということ。その上で、こうやって舞ちゃんに会うことができているのだから。 前よりも一歩前進することが出来たのだろう、たぶん。 これも全て熊井ちゃんのお陰だよ。 もし熊井ちゃんにあのように言われなかったら、僕は舞ちゃんに再び会おうとは思えなかったかも知れない。 それで彼女への気持ちが冷めてしまうとは絶対に思わないけれど、機会を逸し続けてていたらそれはどうなっていたか分からないのだから。 歩いていってしまった舞ちゃんとお嬢様の後ろ姿、それを見送る。 並んで歩く2人の後ろ姿を見ると、やはりこの2人にはかなわないなと思ってしまった。 舞ちゃんとお嬢様の絆が目に見えるかのようだ。そんな2人からはオーラさえ感じられ、格の違いを見せ付けられるような睦まじさだ。 たぶん、舞ちゃんの心の中にはいつも、そしていつまでもずっとお嬢様がいるのだろう。 それでも構わない。それもひっくるめて、僕はそんな舞ちゃんが好きなんだから。 今は、この2人を見ることの出来るこの幸せな時間、それが続いたことがとても嬉しい。 そんなことをしみじみ考えていたから、気付かなかった。 いつのまにか、栞菜ちゃんがやって来ていたことに。 「おい女好き。なに舐めるような視線で見つめてんだ俺の嫁を。頃されたいのか? この間男が」 相変わらず意味不明だ。 でもひょっとして、そうやって軽口を叩いて僕の気分を紛らわせてくれようとしたのかな? 僕がまだ落ち込んでると思って? 口は悪いけど、意外と優しい一面もあるからな、栞菜ちゃんは。 「は? なわけねーだろ! 文字通りの意味だよ」 思わず苦笑してしまう。 相変わらずだな、有原は。 「有原さん、だろ。憶えの悪い奴だな」 はいはい。有原さん。 僕が言葉を発する前に考えてることを読まれちゃうから、口を開くこともできない。お願いだから喋らせてください。 僕に話すきっかけを与えず、一方的に僕を罵り続ける栞菜ちゃん。 でもこれは、栞菜ちゃんなりの逆表現なのかもしれないな。僕はこの人のこういう性格のことも結構好きみたいだ。 ありがとう、有原さん。落ち込んでいたこともあったけど、今はすっかり元気です。 ・・・って、何か違うんじゃないか、この流れ。 なんで僕が彼女に感謝するような流れになってるんだ。 いま栞菜ちゃんは、“気持ちのいい奴じゃね自分”って感じのドヤ顔になってるけど、何かおかしくないか? 僕は忘れていない。 僕が舞ちゃんに告白したこと、それを熊井ちゃんやその他に言いふらして回ったのが誰かということを。 「あのですね、有原さん。ちょっとお聞きしたいんですけど、僕が舞ちゃんに打明けたりしたことを、有原さんはどうして知っていたんですか」 「ああ、そのこと? それを見てた人間がいたんだよ。お屋敷にお仕えしている人達がね。 何があったのか、それを知るのは本当に難儀したかんな。あの執事、私が聞いてもなかなか口を割らないから。 でも考えてみれば、わざわざ口を割らせなくても頭の中を読んじゃえば話しが早いということに気付いたんだよね」 この人の言ってることを聞いていると、本当に頭がおかしくなってきそうだ。 頭の中を読んじゃえばって、そんなこと出来る人、そうそういないでしょ。何が、気付いたんだよね(キリッ、だよ。 「そんな個人的なことを色々な人に言いふらしてまわるとか、ひどいじゃないですか」 「何言ってるんだよ。ふつう面白い事があったら、それを大勢の人に知ってもらいたいと思うもんだろ? それとも何か? 君はあんな面白い事を目撃しても、それを独り占めしようとするような心の狭い人間なのか?」 「面白い事って言うな!」 だんだん興奮する僕に対して、栞菜ちゃんはふんぞり返って上から目線の偉そうな態度を崩さなかった。 まあ落ち着けよ、なんてジェスチャーとかしちゃってきたりして。その落ち着きぶりがまた無性に腹立たしい。 「それに私が熊井ちゃんに言ったことで、オメー熊井ちゃんに励ましてもらえたんだろ。むしろ私に感謝するべきじゃない?」 「それは結果論じゃないですか。その前に僕はさんざん笑われまくってるし。いや待て、熊井ちゃんが励ましたとか何でそれも知ってるんだよ」 いつものことだけど、僕が興奮すればするほど、それを滋養にして栞菜ちゃんはどんどん高慢な態度になっていく。 「結果論? 君は何を言ってるんだ? 私は常に事象の全体像を把握しているのだよ。それゆえ、全ては私の計算通りってことなの」 この人の発想って。 脳味噌の中、本当に一体どうなってるんだろう。 でも、熊井ちゃんの行動を先読みしたっていうのだけは信じないけどね。 彼女の行動を予測するなんて、そんなのは絶対不可能だよ。 「あのな・・・」 あきれかえっている僕を、栞菜ちゃんが真っ直ぐに見つめてきた。 こうやって見ると、本当に美少女だ。彼女に対して何の先入観も持っていなければ、本当に美少女だと思う(二度も言ってしまった・・)。 その大きな黒目に真っ直ぐ見つめられ、彼女のつくりだした空気に飲み込まれそうになる。 「あきらめられちゃうと困るんだよ」 「え?」 そんな綺麗な瞳でそんなこと言われるなんて。 この彼女の言った予想外のセリフに、僕はちょっと(ちょっとだけ)心を打たれてしまった。 栞菜ちゃん・・・ 「敵の敵は味方って言うだろ」 まぁ、言いたいことは大体分かるけど。 お嬢様の取り合いでのライバル関係ってことだよね。 栞菜ちゃんにとって、舞ちゃんは目の上のたんこぶなんだろう。 「おっと勘違いはするなよ。これは話しの喩えであって、決してオメーの味方になった訳じゃないかんな」 「あのですね、言ってることは分かるんですけど、ひとつ指摘していいかな。僕が舞ちゃんの敵って、それはないでしょ」 「そんな細かいことはいいんだよ。しっかし、本当に好きなんだな萩原のこと。いい根性してるよ。そこは、ある意味尊敬するわ」 僕のことを鼻で笑いつつ去っていく栞菜ちゃん。 本当に面白い人だ。この子と話すことは、いい頭の体操になるよ。 でも、今に見てろよ。いつか今言ったその言葉から“ある意味”を取らせてやるからな、今は無理だけど、ちくしょうめ。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/907.html
前へ 学内のはずれに立つサークル棟。 コンクリート打ちっぱなしの壁面の素っ気無い建物。 大学の自治がどうたらと独特の書体で書かれた巨大な立て看板。 その解放区といった独特の雰囲気、いかにも大学のサークル棟って感じだ。 桃ヲタさんの案内で僕らはサークル棟の中に入り、狭い階段を上っていく。 暗い廊下にひんやりとした空気。 どこからともなく聞こえてくるトランペットか何か楽器の音色。 階段や廊下の壁一面に、古いものから重なるように貼ってある無数のビラ。 壁にペンキで書きなぐってあるのは、時代物の物騒なアジテーションの落書き。昭和か。 乱雑に置かれている各サークルの備品。そして勧誘のタテ看にポスター。 それらの醸しだしている雰囲気に、熊井ちゃんが物珍しそうにひとつひとつ眺めている。 大きな熊さんが興味を示されたようです。 でも、綺麗好きな熊井ちゃんのことだ。 この光景を見て、明日までにキレイに掃除しておいて!なんて僕に指示してくるんじゃないかと思ったら、「これも雰囲気があるね」とか言ってる。 ひょっとして、こういうアナーキーな雰囲気にワルの血が騒ぐのかな。 闇のフィクサー(なんぞそれ?)を目指してるとか言ってたこともあるぐらいだし。意外とこういうの嫌いじゃないのかも。 階段を上って最上階まで来ると、廊下のなかほどにある扉の前で桃ヲタさんは立ち止まった。 そこがアイドル研究会のサークル室らしい。 「どうぞ中に入って」 その扉を開けた桃ヲタさんに促され、熊井ちゃんと一緒に中に入る。 アイドル研究会のサークル室というだけあって、その内部はいかにもという感じの室内だった。 壁中に貼ってあるポスター。 棚にはDVDやら写真集やらが大量に並べられている。 そして、訳の分からないグッズの数々。ボールペンにまでアイドルの姿がプリントされているしw そこに飾ってあるアイドルの全身がプリントされているデカいタオルも何かすごいな。タオルって飾るものなのか。 そもそもこのタオル、何に使うんだろう。 でも、この雰囲気。 この光景を見て意外とテンションが上がった自分がいたのも事実だったりして。 あ、このポスター。 それは、ある7人組アイドルグループのポスターだった。 「お、少年もこのグループのファンなのか? 俺はこの子の大ファンなんだ」 そういって部長さんが指差したのは、特徴的な結び方の髪型をしている最近テレビでよく見る小柄なアイドルだった。 許してにゃんの人か。 「あ、いや、すみません。僕はある5人組アイドル派なんで。でも、このグループも結構好きですけどね」 「この中だったら、少年はどのメンバーが好きなんだ?」 「このグループだとそうですね、僕が一番好きなのはこの背の高い子かな。美人なのにおっとりとしてて、その温和な性格には惹かれますね。争いごとを好まないそんな平和な感じが見ててとても癒されるし」 「そうか、少年が好きなのはくまいty 「今日会ったのも何かの縁だ。生写真なら大量にあるし、良かったら少し分けてあげようか?」 「!!!」 なんという親切な人なんだ! あの学園祭Buono!ライブのとき受けた仕打ち(まとめサイト参照ケロ)を決して忘れていない僕だったが、いつまでも過去に捉われるのは良くないよなということに思い至る。 部長さんと僕がそんなたわいの無い会話をしていると、部屋を見渡していた熊井ちゃんが、こう言った。 「うん、もうちょっと広いと良かったんだけど、まぁここでいいか」 話しに割り込まれた部長さんと僕の視線は、同時に熊井ちゃんに向けられた。 見れば朗らかな笑顔の大きな熊さん。そんな彼女が言葉を続ける。 「今日うちらが会ったのも何かの縁だったのかもね。だからここにする!」 何を言ってるのか飲み込めない僕らを尻目に、彼女の頭の中ではどんどん話しが広がっているようだ。 「まぁ最初だし、これからステップアップするとして、今はこれぐらいの広さでも妥協しないとね」 「え?どういうこと?」 「ここ、部屋の半分をもぉ軍団の部室として使うことにするから!」 あぁ、なるほど、そういうことか。 瞬時に彼女の言ったことを理解した僕とは対照的に、あっけにとられた様子の部長さん。 「・・・・・・・・」 「よし。このラインからこっちが軍団の敷地ね」 ちょっと何言ってるのか分からない・・・・ そう言いたげな表情で固まってしまっている部長さん。 分かりますよ。あまりにも突拍子の無い事態を前にすれば誰だって固まってしまうのは当然のこと。 「必要なものがあるなら、そっちに移動して」 「ちょ・・・ 勝手にそんなこと」 「うちらのスペースに勝手にはみだしてきたりするのは許さないからね」 「許さないって言われても。部屋の半分も取られたらこれだけのグッズがあるのに収納だって・・・」 「そんなの自分で考えなさいよ。すぐに人を頼らない!」 反論は時間の無駄ですよ、部長さん。 「本当ならうちらが部屋全部を使いたいから出て行ってほしいところなんだけど、そこは譲歩してあげるから。感謝するのね」 すごいなこの人、相変わらずの超絶熊井理論。 部長さんは固まったままだ。現実を受け入れられないんだろう。 まぁ、普通の人の反応としてそれは自然なことだ。 でも、悲しいけどこれ現実なんだよね。 ま、同情はしますけどね。 唖然とした空気の室内をよそに、窓の外に広がる緑豊かな光景を見渡していた熊井ちゃん。 振り向いた彼女が、僕に向き直って指示を出してくる。 「ここ、真ん中で仕切りをつけるから。それを手配して設置しておいて」 「うん、わかったよ。今日中にやっておくから」 「よし。それはまかせる」 熊井ちゃんの言い出したこと、僕は彼女のやりたいことをサポートするだけだ。 そんな僕らに桃ヲタさんは事態がまだよく飲み込めていない様子、というか目の前の現実を認めたくない様子。 「なに、その顔? そっち半分はあなた方が引き続き使って構わないからって言ってるでしょ? これだけうちが譲歩してあげてるのに何か文句でもあるの?」 「な、無いです・・・・」 「それなら、さっそく備品の移動を始めてね。リミットは今から24時間。それ以降はうちらで勝手に処分するから。それに対する苦情は一切受け付けないからね」 熊井ちゃんという人のことを理解してもらえましたか? あきらめた方がいいですよ。 一度決めたこと、彼女は絶対に覆したりしないから。 「よし、部室も確保できたし。もぉ軍団、順調だね!!」 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/417.html
「きもだめし?」 「そう。舞美、さっきの話さ、その死んだ生徒ってのが、幽霊として生徒会室に現れるってことでしょ?」 「う、うん。何かね、佐紀たちが聞いた話だと、校舎の下から生徒会の窓を見上げると、亡くなった生徒会長さんが手を振っているのが見えるんだってさ。誰もいないのに」 むっふっふ。舞美の説明を聞いて、私は俄然やる気を取り戻してきた。 「でしょでしょ?だからね、それを私たちが身を持って検証するの。題して、“血みどろの惨劇!呪われた生徒会の謎を追え!”」 「・・・血みどろって」 「ねーいいでしょ舞美ー。やーりーたーいー!肝だめしー!」 もうこれ以上の名案はないとばかりに、私はぶりっ子ポーズで舞美に迫る。 「えー!うーん、私はいいと思うよ。せっかくの千奈美のアイデアだしね」 「千聖も、皆さんと一緒なら参加させていただきたいわ」 「反対反対反対!これ以上は耐えられん!肝試しとかありえない!やるなら私は参加しないよ、4人もいるなら大丈夫でしょ?」 舞美とお嬢様は無事賛成してくれたんだけど・・・反対派(?)の急先鋒・茉麻は両手で×を作って、でかい目をカッと見開いて私を威嚇する。 ――ま、でもこの反応は想定の範囲内。新聞部たる者、ちょっとやそっとの拒否反応に動じるわけにはいかないのだ。 「お嬢様、お嬢様」 とりあえず、私はお嬢様の腕を引き寄せて茉麻から離した。わしゃわしゃと頭をかき混ぜるようにして思いっきり撫でまくると、さすがお金持ち、明らかにセレブビョリティ(でいいんだっけ?)なシャンプーの香りがゆらゆらただようわ。 「あ、あの?千奈美さん?」 「ちょっと、お嬢様に乱暴なことしないでよー」 36 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/01/21(木) 17 29 49.23 0 「細けぇこたぁいいんだよ!」 とはいえ、茉麻のいう通り、お嬢様はあんまりスキンシップには慣れていないらしい。眉を困らせて笑う顔がかわゆすかわゆす♪やっぱり犬っころだ。 「お嬢様、ちょっとお耳を拝借」 みんなにお尻を向けて、2人でナイショ話。 「ヒソヒソ・・・お嬢様、茉麻を説得して!」 「説得ですか・・・でも、茉麻さんは本当に怖がっていらっしゃるみたい」 「お願い!やっぱりこんぐらい人数いないと盛り上がらないしさー、せっかくこうやって集まったんだからさー、みんなでやりたいしさー」 ――というか、これだけいいリアクションをしてくれる茉麻がいれば、、より記事が充実しそうって魂胆なんだけどね。ぜひ恐怖に慄くご尊顔を、トップに掲載させていただきたいですし。 「でも・・・」 お嬢様は茉麻の方を伺いながら首を傾げる。・・困っているみたいだけど、悪くない反応だ。 若干おさぼり気味とはいえ、私だって新聞部の端くれだもんに!相手のリアクションをじっくり観察するのは記者の基本だって、鬼(前)部長も言ってたし!見たところ、お嬢様はどうしても茉麻を帰してあげたいって感じでもなさそう。 よーし、ここは・・・ 「ねえねえ、もしちーのお願い聞いてくれたら、いいモノあげますよぉ」 「いいもの?」 「デッデデデデッデデデデッ」 私は“年配層に人気のある、某超有名な楽曲”の前奏を口ずさみながら、カバンの中に手を突っ込んだ。 37 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/01/21(木) 17 31 15.00 0 「まあ・・その曲は」 お嬢様の目が、キラリと光る。ふっふっふ、やっぱり事前調査って大事だもんに! 「じゃーん!美術部オリジナル・水戸●門様ご一行フィギュア!全部集めれば、そこには●門様ご一行の旅の一幕がリアルに再現・・・」 「フガフガフガフガフガフガハアアアアン」 「お、お嬢様?」 あらゆるツテとコネと駆け引きで、美術部に発注したフィギュア。その第一作目・うっ●り八●衛の名作うっかりシーンの人形を見せると、お嬢様は目を丸くしてトランス状態になってしまった。 その表情といったら、恍惚という文字を体現したようで・・・ちょっと、ヤバイ子みたいだ。こっちの予想以上の反応。 「えっ?な、千奈美?お嬢様に何したの??」 「いや、なんかお嬢様ったら八●衛で激しくイッちゃったいたたたたぼっぺつねるなぁ!」 私が雅にほっぺ捻られてる横で、茉麻は「行くって、お嬢様はどこに行くの?」と舞美に澄んだ瞳で問いかけられて、思いっきり困った顔している。 「・・・ど、どう?茉麻を説得してくれれば、特別にこの八●衛フィギュアを差し上げまs」 「茉麻さんっ」 お嬢様は私の話をぶったぎると、回転椅子をクルッと回して茉麻の方に体を向けた。 「な、なにさお嬢様」 「茉麻さん・・・いえ、ママ。」 「マ、ママ!?」 「ええ、ママ。ママがいないと、千聖は寂しいわ。」 38 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/01/21(木) 17 32 17.61 0 ――結構ゲンキンだな、お嬢様! 「そうそう、茉麻ママがいてくれれば、うちらも心強いさ!ママの愛で彷徨える魂を徐霊しよう!ラララライラママー♪」 「もう、雅までぇ」 「マママンマママンマイマザァー♪」 悪ノリは専売特許の新聞部コンビで、お嬢様をサポート(?)するように、ママン聖歌隊で後押ししてみせる。 「・・・もー、わかったよ、仕方ないな!まぁも参加してあげましょう!」 「やったー!」 頼られるのにはめっぽう弱い茉麻、ちょっと照れたように頭をかきながら了承してくれた。 「あ、あの、千奈美さん」 「はいはい、わかってますって!ほら、これ」 「・・・ウフフ」 私の手から八●衛を受け取ったお嬢様は、恋する乙女のようにほっぺをほんわり紅くして、フィギュアと微笑み合った。キメェ・・・じゃなくて本当によかったですね(棒読み)。 それにしても、八●衛でこの反応なら、後に控える●門様、助さ●、角●ん、女ネズミ●僧、風車の●七なんて、お嬢様はくやしいっ・・・ビクンビクン状態だろうな。うひひひ。 今後新聞部に何かご協力いただくたびに、一体ずつ差し上げるっていうのはどうだろう。こっちにもお嬢様にとってもなかなかいい話じゃないかな。 「ふふふん。チナミゴスティーニッ♪」 「語呂わるっ。・・・それじゃ、茉麻も参加してくれることだし、千奈美、具体的にはきもだめしってどうやるの?」 「あー、はいはい。そしたら、一回外出よっ」 私を先頭にして、一先ず校舎の外へ。向かう先は、もちろん・・・ 39 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/01/21(木) 17 33 12.87 0 「・・・千奈美ぃ。ここ」 「うん、きもだめしだからね。さっきの話の話を踏まえて」 そこは、中庭の隅っこにある花壇の前。上に視線を向ければ、5階にある生徒会室の窓がバッチリ目に入るロケーション。 「噂の検証ってことで、1人ずつ順番に生徒会室まで歩いてくの。残りはここで待機。 そんで、ひととおり室内を見回して、何もなかったらそこの窓から手を振って合図。それがゴールのサインね。もちろん、何かあれば速やかに報告!どう?」 「うーん。いいけど、今やるの?まだ明るいし、人もいっぱいるし、幽霊が出るような雰囲気じゃないと思うけど」 確かに、雅の言うとおり。放課後だけど、天気がいいから太陽が出ていて明るいし、中庭でくつろいでる生徒もたくさんいる。 さっきは閉ざされた室内にいたから、変な熱気で怖い話も盛り上がっていたけど・・・今きもだめしなんてやったって、ただワイワイ探索して終わっちゃうのは目に見えていた。 「でもなぁ・・・原稿、明日の朝までなんだよなぁ」 「あ、それじゃあさ。もう少し遅くなってからにしない?」 私が頭を捻っていると、舞美がピンと親指を立ててそんなことを言った。 「でも、暗くなるまで待ってたら学校閉まっちゃうよ」 「大丈夫大丈夫。もうすぐ学祭だからね。実行委員さんたちがいつもより遅くまで作業してるから、結構遅くまで残れるんだよん。 私も一応、生徒会長だから、申請すればたぶん・・・」 「もー、舞美ちゅわん、大好きっ!」 ふだんはぽわっぽわで危なっかしすぎるけど、やっぱり生徒会長!そこに痺れるけど憧れないっ! 「それじゃ、また暗くなった頃に連絡しあって集まりましょうか。それまでは各々学祭の準備とか自習に充てて」 「賛成っ!」 「了解ー」 40 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/01/21(木) 17 35 20.55 0 生徒会の仕事があったから抜けさせてもらってたけど、クラスのクレープ屋さんの打ち合わせがあるんだよね、と茉麻は教室に戻っていった。 「お嬢様、時間、あります?もしよかったら、今愛理と桃がBuono!のステージ構成を考えてるんで、お付き合いいただけませんか?」 「千聖でいいのかしら?」 「ぜひ、お嬢様に。私たちじゃ考えられないような、素敵なアイデアを持っていらっしゃると思いますし」 雅がそういうと、お嬢様は本当に嬉しそうな顔で、「協力させていただきます」と大きくうなずいた。 雅のやつ、本当、年下の扱いが上手いんだから。・・・私みたく、物で釣らなくてもあんな笑顔を引き出せるなんて。ちょっとヤキモチやいちゃうわ。 「舞美はどうする?」 「んー。これと言ってないかな。生徒会の仕事でもやろうかな・・・自習もいいけど・・・でも・・・え、千奈美は?」 「ウチも別に。じゃあさ・・・」 「「ちょっと、語ろうよ!」」 見事に声が揃って、ゲラゲラ笑いながらお互いをバシバシ叩く。 最近二人でゆっくり遊ぶ時間がなかったから、ちょうど舞美補給をしたいところだった。舞美も同じことを考えていてくれたみたいで嬉しい。 「もー、いろいろ話したいこと溜まってますわ!」 「本当にー?私もだよー。じゃあさ、屋上でも行こう!いい天気だし!」 「おいっす!」 やった、舞美独占♪ ガシッと肩を抱かれて、私はウキウキしながら校舎の中へと入っていった。 前へ TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/940.html
前へ お嬢様が、クリスマス会の企画係を任された、翌日の朝。 制服に着替えて自室を出ると、ちょうどお隣のなっきぃが、目をこすりながら戸締りをしているところに出くわした。 「キュフゥ・・・愛理」 「ケッケッケ、おはよう、なっきぃ。寝不足みたいだけど?」 原因は聞くまでもない。お嬢様のことが心配で、眠れなかったのだろう。 茉麻ちゃんから“お嬢様一人で考えるように”とお達しがあった以上、なっきぃの性格上、はぐれ(ryのように、それを平然と破ることはできない。 お嬢様が新しいことに挑戦するのを誰よりも望みながら、その反面、根っからの心配性でもあるなっきぃ。 眠れないほど気にかけてしまうなんて、面白・・・いやいや、なんて思いやりがあるんでしょう、ケッケッケ。 「・・・もし私がお嬢様のように重要任務を任されたら、なっきぃは徹夜で身を案じてくれるかなあ?」 「ギュフーッ!これ以上心労を増やさんといてー!」 ケッケッケ、なっきぃったら、ソソるリアクションをするから、ブラックちゃんが疼いてしまう。気を付けないと。 「おはよー!」 「あ、おはよう」 そのうちに、みんなも部屋から出てきて、ぞろぞろと食堂へ向かう。 扉を開けると、上座席に既にお嬢様がちょこんと腰をかけていた。 ただし、ボーッとしたお顔で、あまりお肌の艶もよろしくない。よっぽど夜遅くまで頑張ったんだろうな、というのが一目でわかる。 「キエーッお嬢様!おいたわしや・・・さっそく今から二度寝を!私の腕の中で!」 「きゃんっ!栞菜ったら、どうしてそんなところに触れるの!おやめなさい!千聖は十分に元気よ、ご心配なく」 見れば、お嬢様はお手元に、分厚いルーズリーフを携帯している。 「それ、企画書ですか?」 問いかけると、目を三日月にしてうなずき返してくれた。 「ええ、千聖のお仕事ですもの。準備が大変だったけれど、今、とても充実感を覚えているわ」 おっしゃる通り、お顔は疲れ果てているものの、表情は暗くない。 いつものふんわりのほほんとしたお嬢様も可愛らしいけれど、こういう一面があるから、お嬢様は人を惹きつけるんだろうな、なんて思った。 「・・・ん?なんでしゅか、愛理。何で舞の方じろじろみてるの」 「いえいえ、ケッケッケ」 「さ、ごはん食べましょう、お嬢様!キュフフ、企画立案の次は、プレゼンがありますからね、まだまだここからです!」 運ばれてきたお味噌汁は、私が最近ハマッている、白みそ×カブの黄金コンビ。 「私これ好きなんですよ~、いつもありがとうございます、執事さん」 「ひぎぃ!あばばば」 ケッケッケ、美味しいもの食べて、今日も一日元気に過ごせそうだ。 ***** 「えーっ、と」 ランチタイム。 私、生徒会長須藤茉麻は、目の前のに座るニコニコ顔のお嬢様と、長机の上にどっさり置かれた書類の山を見比べた。 “学園で、クリスマスパーティーを開催したいわ”そんな提案を受け、私が千聖お嬢様に出した宿題。 これがその“答案”なのだろうけど・・・正直、私の想定の範囲を超えていた。 「あまり時間がなかったものだから、準備の足りていない部分があるかもしれないけれど・・・」 「いやいや、何をおっしゃいますか。よくぞこんなに・・・ママは嬉しいよ、うんうん!」 マザーモードで深くうなずく私を、梨沙子が白い目で見てきた。 「ママ、まだ肝心の中身確認してないじゃーん。こんなに頑張ったのはすごいけどぉ、やっぱり内容が大事じゃない?」 ――まあ、りしゃこったら、現実的なんだから!大体、そんな言い方したら、お嬢様が・・・ 「ねえ、岡井さんだって、ちゃんと見てから評価してほしいんじゃない?」 「ウフフ、そうね。せっかくですから、皆さんのご意見をお伺いしたいわ」 おお、そうか・・・。私ったら、ちょっと過保護すぎたかもしれない。梨沙子の方が、ちゃんとお嬢様の気持ちを理解してたんだな。ベイビーちゃん扱いしていたけど、二人ももう立派な(ry 「それでは、本日のランチ会議は、昨日お嬢様から提案のあった、クリスマス会を議題にしたいと思います!」 書類の束を見た瞬間に睡眠・・・いや、瞑想モードに入ってしまった熊井メンバーはさておき、生徒会室に集まった幹部たちが、一斉にお嬢様に視線を向けた。 「あら、ウフフ・・・いやだわ、なんだか恥ずかしい。あの・・・えと」 「ハァーンお嬢様かわいいかんな大賛成だかんなその案でイクだかんな!」 「まだ何にも言ってないだろっ黙るでしゅ!」 ℃突き漫才をニコニコと見届けたお嬢様。 製本された資料を配り終えると、「では・・・」と口を開いた。 「まず、これは実現できない、と感じたプラン・・・ということですが」 「うんうん」 軽く息を吐いたお嬢様は、真面目な顔でこう言った。 「サンタクロースさんに来ていただく、というのは、難しいかと思いました」 部屋の空気が、一気に何とも言えない生温いもの変わったような気がした。 「あー・・・サンタ、さん」 「ええ。どちらにお住まいなのか、詳しいことはわからないのだけれど、きっと遠方でしょう?交通費は千聖の家の運転手を派遣する形でも構わないけれど、ただでさえ今はお忙しい時節でしょうし・・・」 眉を困らせて、残念そうに呟くお嬢様。・・・世間一般の高校2年生は、さすがにもう、ねえ? 当然ながら同い年トリオの二人、梨沙子と愛理も、お嬢様に同調している様子はなく、梨沙子にいたっては、どうしたもんかといつものあばば癖が出始めている。 「う、うん。・・・なるほどね。うん、学校でのイベントだから、よそから来てもらうのは、ねえ?よし、じゃあ他には?」 その可愛すぎるプレゼンに栞菜がノックアウトされ、舞様も呆れ顔をしつつ口を挟んでこない今だから、とりあえず先を促してみることにする。 「ヘリコプターで、イブの夜景をと思ったのだけれど、夜遅くでは参加が難しそうだわ」 「トナカイ牧場を訪ねて、クリスマスのルーツを(ry」 「全校を上げてのクリスマスプレゼント交換会(ry」 「校庭いっぱいに巨大なクリスマスケーキを(ry」 ――お嬢様、次々と自分の考えた実現不可能なプランを上げては、セルフダメ出しでぶったぎっていく。 「・・・本当に、役に立たない案ばかり。私、何もできないわ」 そのうちにどんどん声のトーンが落ちていき、しまいには謎の凹み芸まで。 何せ、その膨大な会議資料のほとんどが、没案・・・つまり、自分への牽制のような役割を果たしてしまっていて。 確かに私は言った。実現不可能な案もプレゼンするようにと。しかしそれは、そこから拾えるものを考えるためであって・・・まさか、メインに持ってくるとは思わなかった。 「よく考えてみたら、自分の考えた企画の穴ばかりを考えて、昨日は“これをやりたい”という具体案は1つも出すことができなかったわ。千聖の力不足で・・・何1つ決めることすらできない・・・」 おお・・・なんて重い空気。お嬢様が隠れネガティブというのは聞いていたけれど、これほどまでとは。 「おじょじょ!逆に素敵じゃないですか、ねえ!いい意味で!キュフフ」 「なっちゃん、少し落ち着いたら?ふふん」 寮生たちは、こういうお嬢様の性格をよくわかっているからなのか(なっきぃを除いて)概ね慌てずに見守っているスタンス。 だけど、心優しい私の梨沙子なんて、落ち込みモードのお嬢様を気の毒に思ったのか、もう涙目だ。人の痛みに敏感な我が子よ、さあママの胸に(ry 「えー、何で落ち込むんですか!すごくないですか!!!」 しかし、その微妙すぎる空気を、くまくまボイスがぶわっと吹き飛ばしていった。 寝起k・・・いやいや、瞑想後だから超元気だ、この人。目をらんらんとさせて、お嬢様の企画書に見入っている。 「こんなたくさん、企画を思いつくなんて。うちじゃ絶対無理!お嬢様はアイデアマンですね!・・・いや、違うな。お嬢様はアイデアお嬢様ですね!」 「熊井ちゃん、そこは別に言いなおさなくてもいいでしゅから」 「でもでも、せっかくこんなに考えたのに、全部没にするっていうのはもったいなくない?時代はエコでソーラー自家発電が(ry」 いつもどおり脱線していくくまくま演説はともかく、 “もったいない”というのはおっしゃる通り、。 「お嬢様、諦めるのはまだ早いよ!」 この世の終わりみたいに凹んでるお嬢様に声を掛けると、子犬みたいな黒目でおずおずと私を見つめ返してくる。 「サンタさん、この時期は忙しいからね。来てもらうのは難しいね。でも、例えば“他のサンタさん”に、頼むことはできるんじゃないかな」 「まあ・・・他のサンタクロースさん?」 「ほら、お嬢様のお父様が、海夕音お嬢様のために、サンタさんの恰好をして、パーティーでプレゼントをお渡しなさったりするでしょう?ケッケッケ」 「ああ、そうね。執事が代役を務めることもあるわ」 「この時期だと、商店街やショッピング街で店員さんがサンタになりきってることもあるかんな」 萎れていたお嬢様の表情が、だんだんと溌剌としたいつものものに戻っていく。 「パーティーを開催するとして、どなたかに、サンタクロースさんの役を引き受けていただけば、盛り上がることでしょうね。さっそく執事に・・・」 「ちしゃと、学内でやることなんだから、家の人に頼むのは筋が違うんじゃない? ふふん、“千聖は子供じゃないのよ”なんて言うなら、家族に頼ったらかっこ悪いでしゅ」 しかし、間が悪く落とされる舞様爆弾。 正論とはいえ、完全に蛇足だったその言葉は、さらにお嬢様のお顔を、不機嫌時のそれに変化させていってしまう。 「・・・ええ。ええ、舞に言われなくても、わかっているわ。私は子供じゃないもの。ちゃんと、学内の方に依頼させていただくわ。さっきのは言葉のあやというものよ。 でもね、それなら言わせて頂くけれど、舞だって昨日、給水塔でお昼寝しているときに寝言で、舞のお母様の・・・」 「それ今関係ないじゃん!ちしゃとのほうが絶対ガキだもん!」 おーおー、可愛らしい子犬のケンカがはじまった。 そのうち熊井裁判長の仲裁が入ることだろう。そう考えて、私はお嬢様の作成した資料に目を通すことにした。 手書きの文字が躍るノートに、大きなクリスマスツリーやプレゼントの挿絵が入って、お嬢様の並々ならぬ気合いを感じさせる。 こんなの、どうしたって、叶えてやりたくなっちゃうじゃないの、ママとしては! 見れば、愛理になっきぃ栞菜、梨沙子まで、各々お嬢様の提出したノートを手に取って、付箋やらマーカーやらでチェックを入れていっている。 「岡井さん、頑張ったもんね。いいイベントになるように、私も考えてみる」 「まあ、ベイビーちゃんったら!みやびのこと以外でも、ちゃんとやる気だすこともあるんだね!」 「何それー!ママ、失礼じゃーん!」 やがて、「ケンカ両成ばーい!」という大熊さんのドスの聞いた声と、ゴスッという音(たぶん強制的に仲直りのごっつんこを・・・)の後、ようやく子犬たちの言い争いの声は収まった。 「会議、続けるよー?」 「・・・わかった」 赤くなったおでこをさすりながら、舞様が着席し、目をチカチカさせているお嬢様もそれに倣う。 「えっへん」 「あのね、熊井ちゃん・・・まあいいか。 んで、お嬢様。とりあえず、参加者の範囲を決めようか」 「まあ、茉麻さん・・・。こんな穴だらけの企画なのに、採用してくださるの?」 「あはは、いい企画を、より進化させていくのが、生徒会の仕事でしょう?ネガティブ発動させてないで、ほらほら企画会議始めるよ! で、さっそくだけど、舞ちゃんに栞菜、この巨大スノードームっていうの、なんとか作れないかな?予算は・・・えっと、まあ愛理様の御采配で・・・」 「できましゅ。っていうか」 「やるかんな。お嬢様の期待に応えるのが、添い寝係兼肉よkいででで萩原つねるなよ!」 舞栞菜はさっそく肩を並べて、素材がどうの規格がどうのとやり始めた。 「あー、私、やっぱまーさママ大好き!イヒヒ」 「私もまーさちゃん大好き!キュフフフ」 上手いこと事が進んでるのがよっぽど嬉しいのか、めずらしくなっきぃまでもが抱きついてきてくれた。 その温もりに和みつつ、残る二人の動向を目で追うと、大熊お嬢様コンビは、熱心にパソコンに向かっていた。 「まーさ!うちとお嬢様は、招待状とポスターを作るから!それが終わったら何すればいいか考えといて!茉麻たち三人は、もう一度お嬢様のプランを読み直して、アイデアを広げていくこと!OK?」 おお、熊井ちゃん、スイッチ入ってる。目がつりあがって殺気立っていてなかなか恐ろしい形相だけれど、やる気を出した時の特徴だ。これは頼もしい。 「熊井ちゃーん、まだお客様決まってないよー・・・先そっち決めた方がいいよ」 「なんだとー!とりあえず、みやびは呼んでいいよ、うちの生徒だからね!」 「なんっわたっそんなあばばばば」 ――はいはい、その辺もこっちで詰めてくからご心配なく、熊井ちゃん。 当日、クリスマスのBGMの中、キャッキャウフフとはしゃぐ学園生の姿を想像しながら、なっきぃたちとの打ち合わせに没頭していった。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/715.html
前へ 舞ちゃん、寝ちゃったかな? そう思って目を閉じていると、舞ちゃんの声が聞こえてきた。 「小春、まだ起きてる?」 「んー? 起きてるよー」 舞ちゃん、寝てないの? 寝付けないのかな。 「小春はさ、高校はどこの学校に進学するの?」 「え? 高校? 私はね、家から近いところにある公立高校に行くつもりだよ。○高って知ってる?」 「知ってましゅよ。進学校でしょ。やっぱり小春も進学を考えてそこにしたの?」 「ううん違うよ! 家から一番近い高校がそこだから。そこなら朝もゆっくりできるかなーって思って」 「そんな理由かよ。舞には学園の中等部に進んで改革しろとかさんざん言ったくせに、自分は朝寝坊のためとか。小春ってさぁ」 「なに、舞ちゃん?」 「なんでもないよ!」 しばらく沈黙が続いたから、今度こそ寝ちゃったのかと思った。 すると、何かを思いついたように舞ちゃんが再び話し始めた。 「もし学園を辞めないで続けたとしても、中等部を卒業したら舞も小春と同じ高校に行こうかな」 「小春と同じ高校に? 舞ちゃんが来てくれたら楽しいな! あっ!でも舞ちゃんが高校に入学するときには、もう小春は卒業しちゃってるよ」 「それぐらいはわかってるから。公立の伝統校ってのも面白そうだなって思ったからさ」 「うん、おいでよ。舞ちゃんぐらい優秀なら飛び級で1年早く進学できるかもよ。それなら小春がいるうちに来れるよね」 「また適当な事言って。飛び級とか、そんなシステム聞いたことないから」 舞ちゃん、そんなこと言ってるけど、私には分かるんだ。 たぶん、舞ちゃんと小春が一緒の学校に通うことは無いだろうって。 「でも、きっと舞ちゃんは高等部も学園で過ごすことになると思うよ。これから先もずっとあの学園で」 「それ、どういうこと? なんでそう思うの?」 「舞ちゃんはね、これから中等部で色々な出会いや経験をするよ。きっとそれらは舞ちゃんにとって、とても大事な出来事になるんじゃないかな」 「どうだかね。そんな都合のいいことが起こるかなんてわからないでしょ」 「私には分かるよ。舞ちゃん、そのとき耳をすましてごらん。きっと周りは舞ちゃんが思ってるほどつまらない世界なんかじゃ無いと思うから」 「は? 意味わかんない。ホント小春は訳分からないことばっかり言うんだから」 「そうかなー? 普通のことしか言ってないよ」 「全然普通じゃないから。そこ全く自覚してないの?」 「??」 「ほんと疲れるでしゅ。今度こそもう寝る!」 「おやすみー、舞ちゃん!」 「だから、そんな大きな声を出すなとry」 舞ちゃんは私に背を向けて、布団にくるまってしまった。 ちっちゃい背中だなー。本当に赤ちゃんみたいでかわいい。 そして静かになった。今度こそ寝ちゃうのかな。 さあ、小春も寝ようっと。 ウトウトしかかったところで、小さく声が聞こえたんだけど、それは眠りに落ちる前の私の気のせいだったのかな。 「ありがとう、小春ちゃん」 目覚まし時計の音で目が覚める。 あー、ぐっすり寝たー!! 今日もいい天気! 舞ちゃん、見て見て朝日がとっても眩しいよ!! 隣りのベッドを見てみるが、そこに舞ちゃんはいなかった。 「あれ、舞ちゃん?」 そのとき、シャワールームのドアが開き、舞ちゃんが出てきた。 バスタオルで髪の毛を拭きながら、舞ちゃんが私に声をかけてくる。 「おはよ、小春」 「舞ちゃん、おはよー! 早起きだねー。もう起きてるんだ」 舞ちゃんの方から挨拶してきてくれたことが嬉しくて、もう私のテンションは上がりっぱなしだ。 今日も楽しい一日になりそう! 「朝ごはん食べに行こうよ」 「小春、先に行っていいよ。舞は後から行くから」 「ダメだよー、一緒に食べるんだから。その方が楽しいでしょ。舞ちゃんの隣りに座るからねー!」 「ご飯ぐらい静かに食べたいんだけど」 「舞ちゃんといっぱいお話ししたいな。舞ちゃんは朝食バイキング何から食べる? 私はねー、何といっても梅干!!大好きだからry」 「もういちいちツッコむ気にもならないでしゅ」 「え?何か言った? 舞ちゃん?」 「何も言ってないよっ!」 やっぱり、ごはんは一人じゃなくて誰かと食べたほうが美味しいよね! 舞ちゃんと一緒で良かった。 思ったんだけど、私と舞ちゃんは結構気が合うのかも知れないな。 だって、話しをしていても、こんなに楽しいんだもん! 「あのさー、少しは口を閉じてくれないかな。もうずっと喋ってるじゃん」 「舞ちゃんとお話しするのが楽しくって。だから、つい話しが弾んじゃうんだよね」 「さっきから小春しか喋ってないじゃん。そういうのは“話しが弾む”って言わないから」 「今日の活動は、ほとんどの時間が小中学生一緒なんだって。舞ちゃん、小春と一緒に勉強しようね!」 「今日一日ずっと一緒かよ・・・」 「そして今晩も語り明かそうね!! 本当に楽しいなー!!」 「・・・・・」 相変わらず無愛想な表情の舞ちゃん。 でも、小春には分かったんだ。舞ちゃんの心の中は決して無愛想なんかじゃないってこと。 昨日から話していて分かったんだけど、舞ちゃんは本当に天邪鬼さんだ。 天邪鬼な天才さん。もう本当にかわいいな。 そう思いながら舞ちゃんを見つめていた。 舞ちゃんは、そんな私の顔をじっと見たかと思ったら、不意にニヤッとした笑い顔になった。 「でも今日の講義、ディベートの時間が楽しみになったでしゅ。ふふふ。小春、覚悟しておいてね」 それにしても、なんだろう舞ちゃんと一緒にいると感じるこの気持ち。 昨日初めて会ったばかりなのに。 でも、なんか不思議。舞ちゃんの横にいるのが一番落ち着く。 私たちはきっと親友になれるね舞ちゃん!! そのためにも、私が頑張らないと! 私の方が年上なんだから。 舞ちゃんに、もっともっといっぱい話しかけなくちゃ! 一緒にいられる時間は残り少ないけど、小春がんばるからね舞ちゃん!! 舞ちゃんと出会えて本当に良かった!! * * * 「あれ以来会って無いから、もう3年になるのかー。大きくなっただろうね、舞ちゃん。こーんなに小さい子だったけど」 小春ちゃんと舞ちゃんのあいだには、すでに3年も前にそんな事があったのか。 「でも、舞ちゃん、うちの高校に来なかったってことは、学園を辞めたりはしなかったんだね。良かったー!」 「うちの高校に来なかったって、舞ちゃんはまだ中学3年生だよ、小春ちゃん」 「そうなんだけどね、さっきも言った通りだよ。舞ちゃんは飛び級が認められるくらいの天才なんだから」 飛び級って・・・そんなの聞いたこと無い。 しかもそれが認められるぐらいの、何だって? 「天才?」 「そう、天才。例えばね、小学校の時に大学受験の模試を受けて、全国トップの成績をとるぐらいのね」 小学生が大学の模擬試験? 意味がわからないんだけど。 まぁそこは置いといて、全国模試でトップの成績だって!? 日本で一番・・・しかも、小学生が? 「全国で一番・・・」 「そうだよ。うちの高校でも入学するとすぐ受けさせられるでしょ、大学受験の模試。順位憶えてる?何位だった?」 「そんなの全く憶えてないよ。全国での順位なんか憶えてるような順位じゃないし(学内でほとんどビリに近い順位だったことしか)」 「舞ちゃんはね、全国で一番なんだよ!」 我が事のように嬉しそうに話す小春ちゃん。 天才舞様。 言われてみれば、思い当たることもある。 普段の言動を見ていても、相当に頭の回転が早い子なんだろうなとは思っていた。 でも、まさかそこまでのレベルとは。 「舞ちゃんって、天才なの? 熊井ちゃんは知ってた?」 「うん。舞ちゃん、すっごく頭いいよ。テストの度にうち関心するもん」 コトの大きさが分かってるのかな、熊井ちゃん。 さっき小春ちゃんが言ってたのは、中間テストがクラスで一番とかそんなレベルの話しじゃないんだよ? 学園初等部の主席にして、全国規模の人達の中でもトップだったって。 天才・・・ そんな人、現実にいるんだ。しかも、僕のそんな身近に。 (まぁ、いま僕の目の前にいるこの2人も、ある意味、天才みたいなものだけど・・) びっくりするような新事実を知り、まだちょっと頭が混乱している僕。 その横で、小春ちゃんが熊井ちゃんに話しを続けた。 「それで、さっきの話しの続きだけど、舞ちゃん舞ちゃんって言ってるって、それって今の舞ちゃんのことなの?」 ・・・そうだった。 すっかり忘れかけていたけど、さっき熊井ちゃんが言いかけたのはこの話題だったんだ。 たぶん熊井ちゃん自身も忘れかけていたのだろう。小春ちゃんの問いかけに、思い出したように嬉々として話し始めた。 「そう!そうなんですよー! こいつ、その舞ちゃんのことが本気で好きみたいですよ」 「そうなんだー! 好きな子がいたんだね。しかもそれが舞ちゃんなんて! でも、どうやって知り合ったの?」 「通学途中の朝に舞ちゃんを見かけて、それでそれ以来ずっとつきまとってるんですよ」 だから、その表現なんとかしろよ、熊井ちゃん! もっと、こう僕の抱いた恋心というものを叙情的に表現できないものだろうか。 「通学途中の朝に舞ちゃんを見かけて以来」ここまではいい。 そこから続く文章としては、「一目で彼女に淡い恋心を抱いたのだった」とでも続けて欲しいところなのに、 それが、何故よりによって「それ以来ずっとつきまとってる」という表現になるんだよ。なんだよ、それ! 調子付いた熊井ちゃんの話しがこの程度で終わるはずも無かった。 「そして、ついに勢いで舞ちゃんに告白までしちゃってー」 「えーっ、告白までしたの!? 知らなかったよー。青春してるんだねー。それで、どうなったの?」 興味津々な顔で聞く小春ちゃんに対して、熊井ちゃんが胸を張って答える。 「みごと玉砕しました!!」 何故そこで得意顔になるんだよ熊井ちゃん・・・ 「そっかー、フラれちゃったんだー!!」 小春ちゃんも何故そこで楽しそうな顔になるんだよ・・・ 「でも、それでも舞ちゃんが好きなんだって。なんというか、往生際が悪いっていうか、そんな感じ」 「いいねー!青春だー! そう、あきらめちゃダメだよー!! いつかは舞ちゃんの気持ちが向いてもらえるように頑張ってね!思い続ければそれはきっと叶うよ!」 僕のカタオモイは、ついに小春ちゃんにまで知られてしまった。 でも、そのお陰で思いがけず小春ちゃんに励ましてもらえた。これは嬉しい。小春ちゃんに励ましてもらうと本当に高まるんだよね。 いつだってポジティブな小春ちゃん。 そんな小春ちゃんに励ましてもらうのは久しぶりだ。そんな日が再び来るとは。ちょっと感慨深い思いではある。 でもね小春ちゃん、現状は難しいんだ。 舞ちゃんには心に決めた人がいるんだって・・・その人は、おじょ 「舞ちゃんに会いたいな」 「でも、そのうち会えるね。学園にいるんだから、舞ちゃん」 小春ちゃんが呟いたことに、熊井ちゃんが微笑んでいる。 その光景もまた、僕には軽い驚きとともに感慨深いものがあった。 この2人がいるこの空間が、こんなに優しい空気に包まれるなんて。 さっきまでの緊張感に包まれていたこの教室の空気とは思えない。 これは舞ちゃんのおかげなんだ。間違いない! さすが舞ちゃんだ。 先程までの修羅場が信じられないぐらい落ち着いた空間になって、冷静さを取り戻した僕は気付いたことがある。 いま僕の目の前にいる2人、今更だけど、2人ともとんでもない美人だな。 高校の教室で、こんな美人の人達と一緒にいられるなんて。これは本当に現実の出来事なのだろうか、と思うぐらい。 現実ならば、それはとても素晴らしい出来事に感じるはず。 なのに・・・あまり心から嬉しいという気分を感じないのは何故だろう・・・ 「舞ちゃんに会ったときに聞いてみようと思ってるの。それで正解だったでしょ、って」 屈託の無い笑顔で小春ちゃんが言った。 話しが飛びすぎてて、僕には小春ちゃんの言ったことがすぐにはピンと来なかったけど、その笑顔を見ていると幸せな気分になった。 小春ちゃんのその笑顔は、見る人全てを幸せにしてくれるんだ。 舞ちゃんと小春ちゃんの2人か。 意外な組み合わせだけど、そういう人同士の方がかえって気が合うのかも知れないな。 いつか2人が再び会える日が来るといいな。 そして、2人が再会するところ、それはぜひ僕も見てみたいなんて思ったのだった。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/764.html
前へ すると、そんななかさきちゃんを見つめていた桃子さんが、突然とんでもないことを言い出した。 「いいんちょさんは、少年のことが好きなの?」 僕は心臓が止まりそうになった。 突然何を言い出すんだ、この人は。 いったいどういう流れでその質問が出てきたのか。 今の話しの流れの中で、何かそれに思い至らせるところがあったのだろうか。 いや、そんなはずがない。 今の話しの中にそんなものは全く無かった。 でも、根拠も無しに突然話しをふってきたりはしないはずだ、この人は。 ということは、桃子さんはなかさきちゃんが僕に好意を持っていることを知っているのか。 いや、待て。 なんで桃子さんがそれを知っているんだ? おかしいだろ。桃子さんがそれを知っているはずは無いのだ。 だって、あの出来事があってから僕が桃子さんに会うのは今日が初めてなんだから。 ・・・そうか。 桃子さんはカマをかけてきたんだ。 誰かから情報を何か断片的にでも入手したのかもしれない。それで、そんなことをしてきたというわけか。 それを喋ったのも有原か? いや、違う。栞菜ちゃんだってそれは知らないはずだ。 僕がそれっぽいことを喋ってしまったのは、先日お嬢様の付き添いをしたあの時だけなんだから。 ということは、その断片的情報の出所というのは、あの時一緒にいたあの人しかいない。 ・・・熊井ちゃんか。 はたして、そのルートで正しい情報がちゃんと伝わっているんだろうか。 絶望的な気分になる。 でも、仮に熊井ちゃんから伝わったのが決して正確ではなく多分に間違いを含んだ情報だったとしても、桃子さんがそれに惑わされるとは思えない。 そうだよ、桃子さんのことだから、きっと真相を見抜いているのだろう。 誤った情報に惑わされたりせず、真実を見抜いてくれるだろうというのは頼もしい。 さすが桃子さんだな。 でもまあやっぱり、それをネタに僕をイジり倒そうとしてくるんだ。 よりにもよって、そのネタというのはあのなかさきちゃんの僕に対する気持ちのことなんだから。 そんな美味しそうなネタを桃子さんが使わないはずがないか。 桃子さんから突然話しを振られたなかさきちゃん。 それはそれは激しく動揺した。 「好きだって、わたしがこの人のことを? ど、ど、ど、どこからそんな根も葉もない噂話が!?」 「え?違うの?」 思わず言いかけて、あわてて手で口を塞ぐ。 その時は気付かなかったが、後から考えると僕のこのたった一つの動作を桃子さんが見逃すはずも無かったのかも知れない。 僕の言ったことになかさきちゃんは、殊更ムキになって否定してくる。 「そんなわけ無いじゃないですか!」 そんな僕となかさきちゃんを見比べるように視線を往復させた桃子さん。 このとても緊張した空気とは場違いなほど、彼女はとても楽しそうだった。 「違うんだってさ。少年、なにか勘違いしてたみたいだよ」 「どういうことですか、嗣永さん?」 「少年がね、いいんちょさんが僕に好意を寄せてるみたいなんですよって言ってたんだよね」 言ってない。 僕は桃子さんにそんなことは言ってない。 この人は何を言い出してるんだ? とにかく彼女のその暴走を止めなくては。 「ちょ、桃子さん、そんなストレートに・・・」 「それでね、どうすれば上手く事を運べますかねって相談されたんだ」 頭の中でプチッって音がした。 そんな相談してねーよ! 確かに、僕が今回みたいなことを相談するとしたら、その相手は桃子さんになるのかも知れない。 軍団長は何だかんだ言って大人な面もあるから、真面目な話のときはちゃんと真面目に聞いてくれるし。 正直言うと僕は桃子さんのことを頼りがいのある先輩だと思ってる。 でも、今は違うのだ。 だいたい今回のことを相談するにしても、僕がそんな下品な表現をするわけがない。 「事を上手く運ぶって・・・ そんな事を考えていたなんて、あなたって人は・・・」 絶句するなかさきちゃん。 ショックだったのは、今なかさきちゃんは桃子さんの言うことの方をすっかり信じているということだ。 最早この風紀委員長さんの中での僕への信頼度は、彼女の天敵だというこの桃子さん以下なんだな。 「いや、桃子さんの言ってることは明らかにニュアンスがおかしい・・・」 「少年、もうバレちゃったんだからあきらめなよ。まぁ、舞ちゃんと委員長さんどっちとも上手く付き合おうなんて虫が良すぎるよ」 「そんなことは思ってません!」 「またまたぁ。ちょっとは思ってたでしょ」 「そりゃ、もしそれが可能ならば嬉s・・・・って本当に違いますよ、それ!」 「その上、くまいちょーまでなんでしょ。ホント男ってやつは本能のままなんだから。ほら、いいんちょさんドン引きしちゃってるよ」 「だから、それは桃子さんの妄言・・・」 「委員長さん、わかった? 男っていうのはこれだからねぇ。こういうのは学校で教えてくれないでしょ。生きた勉強ができて良かったね」 目の前のなかさきちゃんは俯いて、その体は小刻みに震えている。 そして、なかさきちゃんはもはや僕に顔を向けてくれず、喋るのも俯いたままだった。 「・・・やっぱり、あなたは最低の人間ですね。本当に不潔。あなたみたいな人は全女性の敵です。・・・・ちょんぎられちゃえばいいのに!」 え? いま最後に何て言ったんだろう。何されちゃえばいいって? 「二度と私の前に姿を現さないで!!」 なかさきちゃんは乱暴に立ち上がって、テーブルの上に叩きつけるように代金を置いた。 そして、一回だけ僕を睨みつけるとそのまま決して振り返らずに店を出て行ってしまった。 「あ~ぁ。すっかり嫌われちゃったねぇ、少年」 「嫌われるにしても、あの嫌われ方じゃあ、なかさきちゃん僕を完全に変態扱いじゃないですか!」 「え?違うの?」 「違いますよ!!」 「これから僕はどんな顔で彼女に会えばいいんだ・・・」 「二度と現れるなって言われたのに、それでもまだこれからも会うつもりなんだw いい根性してるね君もww」 「あーっ、もうっ!! 桃子さんのせいですよ!! どうしてくれるんですか!!!!」 「え?なに? ひょっとして、これって謝った方がいい流れ?」 「じゃあ謝るね」 「ゆるしてにゃん♪」 「 も も こ さ ん ! ! 」 心から楽しそうな桃子さん。 ニッコニコ顔の桃子さんを前にして絶望的な気分でいると、扉が開いてまた一人軍団の人が入ってきた。 やって来たのは・・・ このタイミングでこの人が来るとか、どんよりとなっている僕の心にトドメを刺しに来たとしか思えない。 「あれー? ももの方が先に来てるなんて珍しいねー」 さっきまで修羅場になっていた場所に現れたのんきそうなそのお顔。 熊井ちゃん。 彼女の姿を見て、いま真っ先に思い浮かぶ。 さっきなかさきちゃんが言ってたことが。 でも、現れた彼女は実にいつも通りの彼女だった訳で。 健康そうだけど。とっても。 「なに? うちの顔に何かついてる?」 「熊井ちゃん! あのー・・・聞きにくいこと聞くけど、あのさ・・・いま何か病気にかかってるんだって?」 「えー、なに突然? 別にどこも悪くなんかないけど?」 「ほ、本当に?」 「うちがウソをついてるとでも言うわけ!?」 「そうか、良かった・・・・」 「どういうこと?」 「僕もよく分からないんだけど、熊井ちゃんが健康ならそれで本当に良かったよ」 「意味わからないでしょ! 相変わらず話しが下手なんだから。もっと人に分かるように喋るクセをつけなさいよ」 熊井ちゃんはいつもそう言うけど、そんなに聞いた人が理解できないような話し方を僕はしてるんだろうか。 「だから、いつもすぐにトラブルになっちゃうんだよ、全くもう!!」 ご自身のことですか? なんて、普段の僕なら突っ込むんだろう(心の中で)。 だが、脱力状態に陥っていた僕は、もはや彼女の言うことに反論する気力すら残っていなかった。 「ねー、ももからも教育してやってよ。こいつ、もうちょっとしっかりさせないと本当に心配でさー」 「そっか、くまいちょー、そんなに少年のこと心配なんだ。ウフフフ」 「そりゃそうだよー。じゃないと役に立たないじゃんー」 「でも、ゆりがそう言うなら、もぉもちょっとはお手伝いさせてもらおうかな」 僕はこの後、怒涛の説教攻撃を3時間にわたって2人から受けることになる。 延々と続く熊井ちゃんのマジ説教と、それを面白おかしく炊きつける桃子さん。 このコンビ、世界最強かもしれない・・・ なかさきちゃんとの関係が泥沼化していくことにショックを受け放心状態だった僕は、そのほとんどを受け流していたので、何を言われていたのか全く憶えていない。 だが、目の前に並んで座る身長差のあるこの2人。 熊井ちゃんの怖い真顔と桃子さんの楽しそうな笑顔。その対照的な表情。 その光景だけが強烈に記憶に残っている。 これ、間違いなくトラウマになるだろうな・・・・ 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/799.html
前へ ♪なつやすみ~ 決心の なつやす~み~♪(りさこ!) ♪あなた~に 今よりぐっと ちかづきたい~♪(りたこ!!) 高校2年生の夏休みがやってくる。 一度しかない高2の夏休み、最高の夏休みにするんだ! 人はこの季節、情熱的になる。そして、それは僕にとっても例外ではない。もう今から気持ちが高ぶっているんだ。 この夏休み、絶対「忘れたくない夏」になるはずだ。 そう、僕と舞ちゃんの二人にとって、ひと夏の思い出ができるはずだから。 一生の思い出に残る特別の夏休みになる予感で一杯なんだ!! 舞ちゃんと2人っきりでどこかに出かけたいな。 僕たちにとって、それは初めてのデート。 最初はぎこちなかった2人も、時間とともに距離が縮まってくるんだ。 てっ、手を繋いだりなんかしちゃったりして!? 夜になったら2人で花火を見に行こう。 そして、大きいのが上がったとき・・・ もうどうしよう!!! 考えるだけで顔がニヤけてきてしまうんですけどムフフフ。楽しみすぎる! そんな(どんな?)予定があるこの夏をたっぷりと楽しむためにも、先立つものがやっぱり必要だろう。 だから、夏期講習が始まるまでの間、僕はその時間を使ってアルバイトをすることにしたんだ。 バイトをして、夏期講習で勉強をして、そして彼女(?)と過ごす毎日。 なんという充実した夏休みなのだろう! いつものカフェにやってきた僕。 夏休み前、今日が最後の席取りになるんだろう。 これでしばらくは解放されるんだ、と思うと気持ちも浮き立ってくるってものだ。 「はい熊井ちゃん、これ頼まれてた抹茶あずき餅ワッフル!」 「おー、ちゃんと見つけてきたんだね。ご苦労!」 「どういたしまして! やっと見つけたときは嬉しくて、宝探しみたいで楽しいもんだね!」 「あれ、なんか今日は明るいねー。いいことだと思うよ。いっつもちょっと暗いんだからさー」 僕が暗くなるとすれば、その原因はいつもいつもあなt と、いつもの僕ならツッコむところなのだろうが、今日は確かに彼女の言うとおり心が軽くなっている。 だって、もぉ軍団と関わるのは今日でしばらくお休みなんだから。 そりゃあ、気持ちも軽くなるってものさ! さよなら、もぉ軍団。フォーエバー!! それに何といっても、いま僕は舞ちゃんと過ごす夏休みのことで頭がいっぱい幸せもいっぱいなのだから。 夏休みを前に僕の気持ちは最高潮に高ぶっていた。 目の前の熊井ちゃんに聞かれたことにもサクサクと答えられる。 「もうすぐ夏休みだねー。何か予定はあるの?」 「とりあえず、僕は夏休みになったら、すぐにバイトをするつもり」 「うん。それは感心だね」 僕の答えに満足したかのように熊井ちゃんが頷いた。 「もぉ軍団の活動資金を調達するつもりなんだね。いい心がけじゃん。頑張ってしっかり稼いでくるんだよ!」 何故この僕がもぉ軍団の資金調達のために自分の労働力を提供しなければならないのか。 どうすれば、そのような発想になるんだろう。常識的に考えてその発想はおかしいでしょ。 どこまで真面目に言ってるんだ、この人は。 ・・・って、彼女はいつだって大真面目で言ってます。 彼女が言ってることがどんなに常識外れでも、その本人はいつだって至ってマジメなんだから。 御自身の発言に対して一点の疑いも抱いてなんかいないんだろうなあ。 自らそんなツッコミを自分に入れていると、熊井ちゃんの言葉はまだ終わりじゃなかった。 「少しぐらいキツくても、なるべく時給のいいバイトを見つけなさいよ! わかってるよね?」 出たよ、その偉そうな態度。 自称リーダーはいつもの上から目線で、僕のことを真っ直ぐに見下ろしてくる。 僕は軍団の舎弟部門なんだな、と実感させられるのはこんな時だ。 「なんなら、うちが探してきてあげようか?」 熊井ちゃんが妙に優しい顔をして、そんなことを僕に話しかけてくる。 本能的に緊張を覚えた。 稼ぎの8割を抜かせてもらうとして、そうすると軍団の取り分が6割として・・・とか意味不明の言葉をつぶやいてる熊井ちゃん。 そんな人にバイトを斡旋してもらうなんて、謹んでお断りします。 だいたい、8割(!)も中抜きなんて、ピンハネどころじゃないじゃん! どんなえげつないヤ○ザよりもひどいでしょ。 どんだけ阿漕なんだよ、もぉ軍団のバイト斡旋。 しかも、ちょっと待て! 今の熊井ちゃんのつぶやき、おかしいだろ。 僕の給料のうち8割を中抜きしてそのうち軍団の取り分が6割だとしたら、その2割分はどこに消えたんだよ! 目の前の熊井ちゃんは、ほえーっとした笑顔で僕のことを見ていた。 それを見たら何か、細かいことはどうでもいいんだよ、そんな気分になったのだ。 だが幸いなことに、その熊井ちゃんのお世話にはならずに独力でバイトを見つけることができたのだ。 本当に良かったよ。そんな悪徳バイト斡旋業の人の御世話になったりせずに済んで。 僕の素晴らしい夏休みを彼女にメチャクチャにされたりしてたまるかっつーの。 夏休みに入り、僕が見つけたのは造園屋さんのバイトだった。 我ながら、なかなかいいバイトを見つけたと思う。 肉体労働だけに時給も良かったし、現場で行う外作業は楽しかった。 それは僕にとって新鮮な経験ばかりだったし、いろいろなところにある現場へ行けるのも楽しみの一つだった。 その日の現場は、結構遠距離を車で走った先の海沿いにある高級なお屋敷だった。 なんでも偉い人の別邸だそうで。 だから、お屋敷の敷地内では振る舞いに気をつけなければならないらしく、特にそれを心しておくように親方から注意された。 今日、僕が担当したのはお庭の南側に広がる芝生の手入れだった。 広い芝生の上を芝刈り機を手押しして、刈った芝生を残らないように丁寧に集めて、浮いているところを目土をかけて補修する。 太陽を遮るものもない芝生の上で、そんな地道な作業をずっと行っていたら、だんだん頭がクラクラしてきた。 まずい。少し熱中症みたいになりかけてるのかも。 そう思ったときには、もう目の前がチカチカしてきたのだった。 ふらつきながら何とか日陰に入って、木陰にもたれかかり足を伸ばして弛緩する。 このまま少し休ませてもらおう。 ちょっと横になって休めば元に戻るだろう。 そうやって、休ませてもらっていたところ、今日は早起きしてきたこともあってまぶたが重くなってくる。 うつらうつらとしていると、ふいに何か気配を感じた。 閉じていた目を薄く開けると、そこには、一匹の犬がいた。 ミニチュアダックスフントだ。 黄金色のつやつやとした毛並み。 さすがこんなお屋敷だけあって、そこにいる犬まで上品だ。 やってきたダックス君は、その愛らしい目で僕を見つめている。 すると、その犬を呼んでいるのであろう、飼い主さんらしき人の声が聞こえてきた。 それはまた、ずいぶんと可愛らしい声だった。 「リップ! どこにいっちゃったの? もどってきなしゃい!」 「ワン!」 その鳴き声を聞いて、一人の女の子がこちらに歩いてきたようだ。 僕の前までやってきたその女の子。 女の子っていうか、幼女だ。 何歳ぐらいだろう、見たところ僕の妹と同じぐらいの歳に見える。 夢うつつの僕の耳にその子のかわいらしい声が入ってきた。 「どちて、ねてるの?」 「ちょっとね、暑くてクラクラしちゃったんだよ」 その僕の答えを聞くと、その女の子はどこかへ駆け出して行ってしまった。 今の子は、誰なんだろう。 清楚で可愛らしい子だったな。かぶっている麦藁帽子がまた爽やかで。本当にかわいらしい・・・・ ひょっとして、このお屋敷の方なのかもしれない。 親方に言われてるんだ。お屋敷の方に会ったら立場というものをわきまえるように、と。 それは、お屋敷の方に不用意に話しかけたりするのは厳に慎めと暗に言われているってこと。 だから、あの子に話しかけられて、つい僕も話しをしてしまったが、本来それはしてはいけないことなんだ。 ひょっとして、これは怒られるのかも。 あの子は誰かに僕の事を通報しに行ったのかもしれないな。 でも、今はそんなこと考えてる余裕は無いよ。まだ頭がクラクラしてる。 その子が小走りで戻ってくる姿が目に入ってきた。 僕の前に再び現れたその子は、その小さい手に持っているペットボトルを僕に差し出してきた。 「はい、お水。のんで」 「これを僕に? わざわざ持ってきてくれたの?」 その子が頷く。 よく冷えたペットボトル。 その冷たい水を飲んで生き返るような気持ちだった。 「ありがとう。とってもおいしかったよ」 「もうだいじょぶ?」 「うん、大丈夫だよ。ありがとう」 その子がニッコリと笑った。その瞳が三日月のような形になる。 あぁ、本当にかわいらしい子だな。 そんな目の前の女の子に、つい話しかけてしまった。 「ここのお屋敷の子、なのかな? 歳はいくつ?」 「そう。みおん。3ちゃい」 「みおんちゃん、かわいらしい名前だね」 この子は、初めて会った僕に対しても警戒することなく、そのかわいい笑顔を見せてくれた。 人懐っこい子だなあ。 お屋敷の人と口を利いたりするのは禁止事項なんだけど、こんなかわいい子が一生懸命に話しかけてきたらそんな規則関係ないだろ。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/951.html
前へ 今日は成人式。 見事な冬晴れのなか、ここ市民ホールには新成人のみなさんが集まっている。 20歳になった僕もその一人として、この成人式会場へとやって来た。 そう、僕も今日から大人の仲間入り。 いよいよしっかりとした人間にならなければ、と強く思うのだ。 ま、舞ちゃんのために・・・ ホール前の広場は、大勢の新成人のみなさんでごった返している。 そこに着くと、すぐに懐かしい顔ぶれと出会うことができた。 久し振りに会う中学や高校のときのクラスメートたち。 しばらくは懐かしい友人たちと話し込んだりして過ごしていた。 ひとしきり旧交を温めると、僕はもう一度会場の周りを見渡してみる。 その姿は、やっぱり見当たらなかった。 ここまで来る間も、ずっと気になってはいたんだ。 そういえば、今日はまだ熊井ちゃんに会っていないな、ということに。 いつもならすぐに出会う彼女の姿がいつまで経っても全く見えないこと。 それって、やっぱり珍しいことだから。 気になって仕方が無い。また何かやってるんじゃ・・・という不安も高まってきてしまう。 まぁ、あの目立つ熊井ちゃんのことだ、会場に行けばすぐに彼女の姿が目に入ってくるだろうと思っていた。 しかし、一向に彼女の姿を見かけることは無かったんだ。そして今に至る。 あれ? 熊井ちゃん、いったいどこにいるんだろう? そのとき、そんな僕のことをじっと見つめているひとりの女の子がいることに気付いた。 振袖姿も艶やかな、とてもカワイイ女の子。 その子の大きな瞳は、確かに僕のことを見つめていたんだ。 それはもうはっきりとした真っ直ぐな視線で。 すっごいカワイイ女の子だな! しかし、見つめてくる彼女のその姿に、僕は見覚えが無かった。 ん? 誰だろう? 高校で一緒だった子では無い。 ってことは、小学校や中学校のときに一緒だった女子だろうか? ちょっと記憶に無いけど・・・ 思い当たらずにいる僕の反応を見て、その子の方から僕に歩み寄ってきてくれた。 どうやら間違いなく僕のことを知っている子のようだ。 えー? 誰だろう? どこで一緒だったんだ?? 思わず見とれちゃうぐらい可愛らしいこの子が!? こんなカワイイ子がいたことを憶えていないなんて、なんということでしょう・・・ そんな自責の念にかられている僕に、着飾ったその子が声を掛けてきた。 「なんだオメー、この私に対して挨拶してくるのが遅いかんな」 ・・・・・ そのとき僕が受けた衝撃は、それはそれは大きかった。 どこの美少女が僕を見つめているのかと思ったら・・・ 「か、栞菜ちゃんか!?」 「そうだよ?」 「う、ウソだろ?」 「嘘って、何だかんな?」 「え、いや、その・・・」 だってさ、目の前のこのとてつもない美少女。 そりゃあ、ウソだろ!?と思ってしまうよ。 いつものあの僕を見下すようなイヤーな笑いを浮かべた栞ちゃんとは全く違うんだもん!! お、女の子って・・・・・ それにしても、信じられないほどの美少女っぷり。 まぁ、確かに栞菜ちゃんは元から美人顔の人ではあるんだけど。それは理屈では分かっているんだけれど。 でも、僕には今までのトラウマになる数多の出来事が頭から離れないので、どうしても彼女のことは先入観で見てしまうんだ。 それが、いま目の前のこの美少女を見て、僕は予想外の感情が脳内に広がっていた。 栞菜ちゃん・・・ やべ、カワイイぞw 「なんだよ、そのニヤケた顔は。オメー大丈夫なのか?」 いつものことだけどさ、と呟きつつ、おなじみの口調で話しかけてくる栞菜ちゃん。 そんな彼女に対して、いま僕はちょっと心がときめいてしまっていた。 やべ、まじカワイイんですけど・・・ その高まったテンションで張り切って栞菜ちゃんに話しかけようとした。 だがそのとき、目の前の美少女は声を掛けてきた女の子たちによって、あっという間に囲まれてしまった。 駆け寄ってきた女の子たちが口々に叫ぶ。 「栞菜! 久し振り!!」 どうやら中学校時代の同級生らしい。 楽しそうに話しがはずんでいる彼女たちと栞菜ちゃん。 へぇ・・・ずいぶん無邪気そうに笑うんだな。 栞ちゃんのそんな笑顔を見れるなんて。 微笑ましさを感じるその様子を眺めつつ、僕はその場を後にしたんだ。 * * * * ここが成人式の会場か。 ホールの中に入り、さてどこに座ろうかと考えながら通路をずっと歩いていくと、一人の振袖姿も艶やかな女の子の姿が目に入った。 前方席に、ひとり座っているその女の子。その子は僕のよく知っている人だったわけで。 なかさきちゃんじゃないですか!! 晴れ着姿のなかさきちゃん。 なんという可愛らしさ!! その姿を見て一気にテンションが高まった僕は、反射的に彼女が座っているその場所を目指した。 足取りも軽く彼女に近寄ると、なかさきちゃんは僕が来たことには全く気が付いていない御様子。 ひとりでポツンと座っているなかさきちゃん。その無表情、これがまた妙に惹かれてしまうんだ。 やべ、まじカワイイw 隣りの席が空いていたので、迷わずその隣の席に腰をおろす。 「こんにちは、なっきぃ!」 「!!くぁwせdrftgyふじこlp;@ []!!!!」 僕の姿を認めると、いつものようにリアクション芸を披露してくれたなっきぃ。 狼狽から、ひとつ咳払いをすると、冷たい声で僕に話しかけてきてくれた。 「・・・・あのですね、いつも言ってるけど、その呼び方はやめt 「あのさ、熊井ちゃんの姿が見えないんだけど、なっきぃ知らない?」 「人の話しはちゃんと聞けや・・・・ それ、私も気になってるんだけど。ゆりなちゃんどこにいるんだろ」 会場の中に入っても熊井ちゃんの姿は見えなかった。 本当にどこにいるんだろう。さすがにちょっと心配になってきたぞ。 思案顔になって考え込んでいた僕に、隣のなかさきちゃんが話しかけてくる。 「ずっとこの席に座るつもりなの?」 「そうだけど、何か?」 意味が分からずきょとんとしてしまった僕を見て、なかさきちゃんはため息ひとつ。 そうこうしているうちに、だんだんと席も埋まってきた。 もうすぐ式典が始まる。 「ここの成人式は比較的平穏だよね。会場前で騒いでる人もいなかったし」 「そんなの当たり前じゃない。大人になろうって人が集まってるんだから」 「それがそうでもないんだよ、なっきぃ。最近は荒れる成人式って本当に多いらしいからね」 そう、毎年のようにニュースになってるじゃないか。成人式でのトラブル。 そういえばさっきのこと、この会場の外にもパトカーが停まっていたっけ。 警察が待機しているということで物々しい雰囲気を感じ取ってしまい、思わず緊張してしまう。 それに、何でだろうか。いつからか僕はパトカーの姿を見ると反射的に体が身構えてしまうんだ。 いま自分で言ったその言葉、“荒れる成人式”。 そのフレーズが妙に頭に残って、何となく不安な気持ちが湧き上がってくる。 「ここの成人式は何も無いよね、なかさきちゃん」 「大丈夫でしょ。そのあたりは実行委員の人がちゃんとやってるだろうし」 なかさきちゃんがそう言うなら安心だろう。 鼓動が早まっている自分にそう言い聞かせる。 でも、なんとなーく嫌な予感が止まらない。 いま僕にはどうしても引っかかることがあるんだ。 僕の心の中でどうしようもなく巨大化してきているこの不安の源。 そう、熊井ちゃんの姿が見えないことに。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/556.html
前へ ここが舞ちゃんたちの通う学園かあ。 初めて学園にやってきました。 今日から始まる学園祭。 大きな正門をくぐって学園に一歩足を踏み入れると、予想以上に人出も多くて飾り付けられた校舎は賑わっていた。 何だかそわそわして落ち着かない気分だ。ふだんは入れない女子校の中にいるというのが、これほど落ち着かない気分になるとは。 人出が多いとは言っても、やはりこの学園の女子生徒さんが圧倒的に多い訳で、そこを男子が一人で歩くというのは、なんとなく気恥ずかしいものですね。 しっかし、さすが名門の私立校。僕の通うボロい公立校とは大違いだ。 風格のある校舎が渋くてかっこいい。 敷地内の植栽ひとつとっても手入れが行き届いていて、やっぱり私立校というのは上品だなあ。 校舎内も清掃が徹底されているのかとても清潔で、これは生徒さんたちの意識が高いんだろうな。 それに何と言っても女子生徒ばかりなので華やかだ。やっぱり共学だとこういう空気感にはならない。 右も左もわからないので、まずは一回りしてみようと思ってしばらくぶらぶらしていると、いいカモだと思われたのか結構いろいろな売り子さんに引っ掛かる。 あちこちでお菓子や食べ物を買わされる羽目になった。 お菓子をほおばりながら歩いていたら、座敷わらしみたいなかわいらしいオバケに捕まった。この先でお化け屋敷をやっているので、その勧誘らしい。 お化け屋敷の類はとても苦手なので断っていたのだが、座敷わらしのこの子の勧誘はとても言葉巧みでどうしても断らせてもらえなかったのだ。 まぁ、その小柄なかわいらしいオバケを見て、これなら大丈夫かと誘われるままにお化け屋敷に入ることにしたんだ。 最初の方は化け猫とか子供だましの全然怖くないオバケしか出てこなかったりして楽勝だったのだが、ゾーンが変わったところで急に雰囲気が変わってそこから一気に怖くなった。 そして、いきなり血塗れびしょびしょの女子高生がでてきて「ゴフッ!」とかいって大量に吐血したときは死ぬほどびびった。 あまりの怖さに耐え切れなくて、回れ右して入ってきた入り口から一目散に退散する。 長い廊下の真ん中で立ち止まり、呼吸を整える。 マジで怖かった。まだ動悸がおさまらない。なんなんだあれは。よくあんな本格的なの作ったもんだ。 そうやって深呼吸などして落ち着こうとしているところへ、向こうから歩いてきたのは僕のよく知っている人だった。 お嬢様ではないですか! さっそく会えるとはやっぱり僕とお嬢様のあいだには運命的な(ry お化け屋敷でショックを受けた心が、お嬢様の聖母のようなお顔を見ることで、みるみる回復してゆくのがわかる。癒されましたよ、お嬢様! 歩いてくるそのお姿を一目見てわかったことだが、お嬢様の横にはお連れの人がいたのだ。 その、お嬢様の隣りにいたのは・・・・ 「く、熊井・・・ちゃん」 でかいだろ!!昔からでかかったけど、更にでっかくなってる。 小柄なお嬢様の隣りにいるから余計に高く見える? いや目線は確実に僕よりも上だ。 僕もあの頃からだいぶ背が伸びたのだけど、同様に彼女も順調に伸びたようだ。 「あら、大きな熊さんとお知り合いなの?」 「何ですかーお嬢様!? あーっっ!!」 「やっぱり大きな熊さんもこの方を御存知なのね」 「も?って、お嬢様も知ってるんですか? 確かー、えーと、えー?誰だったっけ?」 「小学校で一緒だったんだけど・・・」 「そうでしたっ!小学校の時の同級生なんですよー。でも、お嬢様こそどうして知ってるんですか? えーと名前は・・・・なんて名前だっけ?」 「●●○○」 「そうそう。○○だ。思い出しましたっ!」 「まだお嬢様にちゃんと自己紹介してませんでしたっけ。苗字は●●で名前は○○です。いま熊井が言ったように名前で○○って呼ばれることが多いです。こういう字を書きます」 僕の名前はちょっと難しい漢字を使うので、生徒手帳を取り出して名前欄を見せてあげる。 すると、それを見たお嬢様はこんな事をおっしゃったのだ。 「あら、お名前を漢字で書くと○○って、これってひっくりかえしたら嗣永になるのね。ウフフ、ももちゃんだわ」 「本当だ!ももだー!!あはははは」 「じゃあ、ももちゃんさんね、ウフフ、ウフフフフ」 「あはははははー」 ?? 何がそんなにおかしいんだろう。 大体、ももって何のことだろう。ツグナガって?? 僕の名前を教えると、大抵の人は見たこと無い漢字だとか難しくて読めないっていう反応をくれる人がほとんどなのに、お嬢様のこのような反応をした人は今までの僕の人生の中で一人もいなかった。これは初めての反応だ。意味はわからないけれど新鮮だった。 さすがお嬢様は一般人とはちょっと違う。 「ウフフフ、笑ったりしてごめんなさい。大きな熊さんのお友達だったなんて奇遇ね。楽しいわ」 「えー?? ぜんぜんお友達ってほどの仲じゃないですよ、お嬢様」 「僕もびっくりしました。熊井がお嬢様の知り合いだったなんて。」 「あれー? なんか千聖お嬢様の前だからって、さっきから格好つけてるでしょー。思い出しちゃった。5年生でクラス替えになった時にさー。今までのクラスの友達が誰もいなくて、『一緒なのは熊井ちゃんだけだよ・・・』とか言って泣きそうな顔してたくせにさー。あははは」 いきなり何を言ってるんだ?この人は。今の今まで僕の名前も忘れてたのに、最初に思い出したのが、そんなことか・・・ 相変わらずだな熊井ちゃん。 「それから、卒業式の時の話しだけど、卒業証書を受け取るときにさー、校長先生に名前呼ばれて返答するとき緊張で声が思いっきり裏返っちゃったよねー。『ひゃぃ』とか言ってさ、面白かったなー。あれは思い出すと今でも笑えるよね。あはははは」 黙れ、デカ熊。 それはよーく憶えてるのだ。早く忘れたいのに。 僕が変な声で返事してしまった時、会場は「笑っちゃいけない。笑っちゃいけない」っていう空気だったのだ。 それなのに、熊井ちゃんがそんな空気お構いなしに大きな声で「ぷっ!」って笑ってしまったものだから、それをきっかけにして連鎖的に体育館中のみんなが笑い出して・・・ あんなに恥ずかしい思いを卒業式でするとは。 って、今そんな話をする必要もないだろうと思う。 見るとお嬢様も口許を押さえながら「クフフフ、それは楽しい思い出ですわね」とお笑いになっている。お嬢様が笑ってくださるなら、まあいいですけど。熊井ちゃんめ。 久し振りの再会だし、この機会に熊井ちゃんとは対等な立場に立ってやると思っていたのだが、それは全く無理なことのようだ。一方的に笑われて、やっぱり彼女にはかなわないのかもとあきらめの心境になったんだ。 そう思ってるあいだにも熊井ちゃんの話しはまだ続いていた。まだあるのかよ。 「あとはさー、修学旅行で日光に行ったとき、中禅寺湖の宿に着いたら興奮して異常なテンションの上がり方してたよねー。夕暮れの中禅寺湖だ!とか言って一人で感動してんのw 昔そういう歌があったらしいんだけど、だいたい小学生で演歌大好きとかドプフォ(以下略 本当もうその辺で勘弁してください、お願いします。 いつの間にか僕たちはたくさんの人達から注目を集めていた。 廊下を歩いている人や教室から顔を覗かせてる生徒さんたち。お嬢様に「ごきげんようお嬢様」と挨拶した後に、熊井ちゃんと僕のことを興味深げに交互に眺めていく通りすがりの人も多かった。 何だ、この異様に高い注目度は。 注目を集めていたのはつまり、どうやら超有名人らしいお嬢様がいるからなのか、それともこの熊井ちゃんの異様に目立つ言動が引き付けているのか、僕にはちょっとわからなくなっていたのだった。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/660.html
前へ っていうか、もう既に見抜かれているようだ。 「男のくせに怖いのぉ? でもホラー映画って言っても、これは心理ホラーだから、いわゆるホラー映画の怖さはあまりないよ」 「いや、それでも怖いんですよ。夢に出てきそうで。最近はいい夢を見れることが多いから、その流れを止めたくないし・・・」 慌てて口をつぐむ。言わなくても言いことを喋りそうになった。 それを桃子さんが見逃すわけが無い。 「いい夢を見るってなーに? どういう夢を見てるの? それ、もぉに詳しく話してみて」 ほらね。この人は本当に鋭いんだから。 適当な話しを作って誤魔化してもいいんだけど、嘘をつくのは苦手なんだよなあ。 それに、桃子さんはそういう嘘を一発で見抜きそうだし。 まぁ、別に本当のことを言っても問題は無いだろう。別に恥ずかしいことは何も無いんだ。 「最近、舞ちゃんの夢をよく見るんですよ」 「やだー! どうせ変な夢なんでしょ・・・ 女の子にそんな話しないで!」 わざとらしく目を見開いて、握った手で口元を押さえる桃子さん。 全っ然、違います! 勝手に変な夢にしないで下さい。僕を見くびらないでもらいたいです。 彼女のそんなリアクションにあきれながらも、思わず立ち上がって声に力を込める 「違いますよ! 変な夢なんて見てません!!」 気を取り直して、持っていた本のページを開いて桃子さんの前に差し出す。 ここを読めば分かってもらえるはずだ。僕の気持ちを代弁しているかのようなこの一節。 僕は、ゴホン!とわざとらしく咳払いをして、荘厳な面持ちを作り桃子さんに諭すように話しかけた。 「桃子さん、“こころ”の、この一節を読んで欲しいです。僕の気持ちは正にここに書いてある通りなんですから」 -----引用ここから----- 私はお嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。お嬢さんの事を考えると、気高い気分がすぐ自分に乗り移って来るように思いました。 もし愛という不可思議なものに両端があって、その高い端には神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点を捕まえたものです。 -------ここまで------- 主人公のお嬢さんに対するこの気持ち、これには共感を覚えてならない。 まさに僕の心境はこの文章の通りなのです。僕の場合は相手がお嬢様ではないけれど。 でも、お嬢様のことを考えると気高い気分が乗り移ってくるっていうのには、自分の気持ちを重ね合わせてしまいそうにもなる。 これは千聖お嬢様のことにも当てはまるんだから。 この本を読んでいると、何か錯覚も感じてしまうのだ。 だんだんとお嬢さんに恋心を寄せるようになる先生と呼ばれる主人公。 その気持ち、分かるんだよね、何となくだけど。 読んでいるうちに感情移入してしまい、現実と虚構の世界の区別がつかなくなりそうになる。 そんな感じでまた虚構の世界に入り込みそうになっていた時、僕の視線と意識がある一点に集中した。 桃子さんに力説するために立ち上がったことで、さっきまでテーブルで見えなかった桃子さんの制服のスカートとニーソのその間、そこがばっちり僕の視界に入ってきたのだ。 いわゆる、絶対領域。 はい、俗物の僕は一瞬で虚構の世界から目の前に広がる素晴らしい現実世界に戻ることができました。 僕の目は釘付けになる。桃子さんスカートみじかすぎ・・・ そこに見とれてしまうのは、男の性なのだ。それはしょうがないことだ。 でもだからと言って、そんなところに見とれていることがバレてもいいということにはならない。 ましてや、相手は桃子さんなのだ。それがバレたら、僕にどんな制裁を下されるのか考えるだけで恐ろしくなる。 いいものが見れた・・・ いやいやそうじゃなくて、今すぐそこから視線を外さなければ。 いやいや、もう少しくらいいいでしょ。いやいや、バレたら大変なことになるからすぐにやめろ。 いやいや、そうは言いましてももう少しくらい見ていたいし。いやいや、相手が悪すぎるだろバレないわけがない。 いやいや、別に見てはいけないものをこっそり覗いてるわけじゃないんだからいいじゃないか。いやいや・・・ (ここまで考えること所要時間0.2秒) 気付くと、桃子さんは僕のことをじっと見ていた。 な、なんですか、その顔は。 これはやはり僕の葛藤を見抜かれてしまったのだろうか。 だが意外な事に、桃子さんはそこには触れてこなかった。どういうわけだかスルーしてもらえたみたいだ。 しかしそこには、これは貸しにしとくからね、という無言のメッセージも感じられるような。 やはりバレちゃったのかな、そこがはっきりしなくて何とも落ち着かない。 桃子さんは、あらためて先ほど僕の言ったこと、そっちの方に言及してきた。 「つまり、見ているのは神聖な内容の夢だってこと?」 皮肉っぽい笑顔が浮かんでる。やっぱり見とれてたの完全にバレてるよ。 それでも僕は動揺を悟られないように、あくまでもキリッとした顔を保って真顔で答えた。 「そうです。最近舞ちゃんの夢をよく見るんですよ」 「それは分かったから、二度も言わなくていいよ」 「高い極点を捕えてる、とか何とか立派なこと言ってる割には舞ちゃんの夢を見てニヤニヤしてるんだ」 「ですから、ニヤけてなんかいません。今言ったように、僕の彼女への想いは神聖なものなんですから」 「いや、だから、実際ニヤけてるんだって。それ自覚してないのぉ、ひょっとして?」 そうなのか、それは素で気づいていなかった。 このあいだ栞菜ちゃんにも同じこと指摘されたっけ。 そんなにいつもニヤケてる顔してるんだろうか。気をつけよう。 あの時は、なかさきちゃんを目の前にして、そりゃ彼女のかわいさについニヤケちゃったのかも知れないなあ。 ・・・なかさきちゃん? そうだ、思い出した! 「ところで桃子さん、最近なかさきちゃんに何か言われたりしましたか?」 「風紀委員長さん? 最近? 何か言われたかなあ?特に覚えて無いけど」 「そうですか。それならいいんですけど、あの時なかさきちゃん凄い剣幕だったから」 「いいんちょさんにはしょっちゅう色々言われてるから、そんなのいちいち覚えてないよ。ウフフフ」 なかさきちゃん、桃子さんに別に何も言わなかったのかな。 それっきり、桃子さんはそのことには特にこれ以上触れようとはしなかった。 僕の言ったことに、“凄い剣幕ってどういうこと?”とかさえ聞いてこないんだな。 これが例えば熊井ちゃんだったら、こういう発言は聞き逃さずがっつり食いついてくるだろう。 彼女は自分が納得するまで、徹底的に物事をハッキリさせないと気がすまない人だから。 対照的に、桃子さんはいちいち気にしないんだ。 こういうことには淡白だよなあ、桃子さんって意外と。自分のすること以外には、あまり興味を示さないというか。 他人から何を言われたとかそういうことは全く気にしないんだろうな。男らしい態度だなあ、見習いたいものだ。 「そんなにしょっちゅう、いろいろ言われてるんですか?」 「風紀委員長さん、もぉのこと大好きだからね」 「はぁ」 なかさきちゃんのあの口ぶりからは、とてもそんな感じには聞こえなかったけど・・・ 「もぉが卒業しちゃったら、いいんちょさん寂しさのあまり元気なくなっちゃうんじゃないかと思って、それがとても心配で心残りなの」 ウフッ、と笑った桃子さんが続ける。 「でも、くまいちょーがいるから、いいんちょさんも元気なくしてるヒマないだろうね」 そうですね。 きっと、そうなるんでしょうね。その光景が目に見えるようです。 「ところで、少年は何でいつもくまいちょーの言うことを聞いてるの?」 「え、どういうことですか?」 「こうやって席を取っておいたりとかさ、くまいちょーの言った事はその通りにするでしょ」 何でって言われても。そんなこと疑問に思ったことも無いけど。 わざわざ聞いてくるってことは、僕の取ってる行動はちょっとおかしいのかな。 「それは・・・ 熊井ちゃんの言うことは絶対ですから」 ちょっと違う気もするけど、説明するのが難しい。 「よく分からないんだけど、くまいちょーに何か弱味でも握られてるの?」 「あ、そういうのとは全然関係無いです。確かにそんなものはいくらでも握られてそうだけど、それとはちょっと違います」 「ひょっとして少年、くまいちょーのこと大好きだったりなんかしちゃったりして?」 「ち、ち、違いますよ!」 な、なんですかそのニヤニヤ顔は。 ここで僕が動揺してはまた桃子さんに格好のネタを与えてしまう。だから僕は真面目な表情をつくる。 「熊井ちゃんの言うことはいつも正しいんです。だから彼女の言うことには従ってしまうわけで」 その僕の答えがピンと来なかったのか、ん? って感じで小首を傾げる桃子さん。 その仕草は、不覚にもかわいい!と思わされてしまった。 「そうかなー? くまいちょーってけっこう天然な子だなと思うけど」 「彼女の言ってることは、見当外れのこと言ってるようでも、実は本質を突いていたんだって後から分かることが多いんですよ」 ちょっと力を込めてそう言った僕に、桃子さんはうんうんと頷いてくれた。そして予想外に優しい顔を見せてくれる。 その顔は、妹を褒められたお姉さん・・ちょっと違うか・・メンバーを褒められたリーダーかな、そんな感じの顔だった。 その表情からはお互いの信頼感が感じられて、そういう関係にあるのっていいなあと思ってしまった。 もぉ軍団とはお互いを尊重しあう崇高な団体なんだYO、って言ってたのを思い出した(その時は話し半分にしか聞いてなかったけど)。 「あとは、条件反射ですね」 「条件反射?」 「昔のクセで。昔は熊井ちゃんの言うことに逆らうことの出来るやつなんかいなかったですから」 「みなさんが彼女と接するときの感じを見て、熊井ちゃんのこと、ほえーっとした温厚キャラだと思われてることがちょっと意外でした」 「うん、確かにそういうイメージ持ってる人が多いかもね」 「そりゃ確かに元から天然な人ですけど、昔はもっと怖かったのに。熊井ちゃん丸くなりましたよね、性格」 昔は本当に怖かったんですよ。 ま、今もじゅうぶん怖いけどさ、いろいろな意味で。 昔の彼女の怖さは、睨み付けられたり恫喝されたりはたまた殴られたり、ストレートに言えば暴力的な意味の怖さだったのに。 そうだよな。あの頃に比べると、熊井ちゃん本当に穏やかになってるよな。 「丸くなったかなぁ? 今でも怒ってる顔を見せることもあるけどね。筋の通ってないこととかは大嫌いみたいだから」 さすが桃子さんは熊井ちゃんのことを知り尽くしてるんだろう。 もうちょっと、熊井ちゃんのこと桃子さんがどう思ってるかそれを聞きたい。 「正義感(無駄に)強いからねーw でも、そういうところもくまいちょーらしくていいんじゃない」 「でもさ、ひょっとしたら変わったのはくまいちょーじゃなくて、周りの人達の方なのかもしれないよ」 「くまいちょーが大人になったんじゃなくて、周りの人達自身が大人になったから、そういう風にイメージが変わって見えるんじゃない?」 なるほど。 桃子さんの言うことには目からウロコが落ちた。 熊井ちゃんの感情の起伏っていうのは、周りのひとの人間性を映し出している鏡のようなものなのか。 つまり、熊井ちゃんが温厚なキャラに見えるとしたらそれは、この学園の人達自身が柔和な人達だっていうことの証明なんだ。 昔は相手が誰であろうと、お構い無しに感情をぶつけるような気性の激しい女の子だったのに。 今考えてみると、それはいわゆるクソガキな子供っぽい男子の相手をしてたからってことなのか。 その実害を受けてきた人間からすると、あんなに恐ろしかった女の子でも穏やかになるものなんだな、っていうのが正直な気持ちです。 大人になるってこういうことか。 でも、「三つ子の魂百まで」ってことわざにもあるように、人の性格っていうのはそう簡単には変わらないと思うんだよなあ。 つまり、今の熊井ちゃんは休火山のようなもので、落ち着いていても次いつ噴火するか全く分からないような状態っていうことなのだろうか。 怖すぎるだろ、それ・・・ それを想像して、僕は一人で背筋を冷やすのだった。 次へ TOP